『上村松園』の絵画
女性初の文化勲章受賞、
ひたむきに絵筆を執り続けた 女流日本画家
明治の京都下京区、葉茶屋『ちきり屋』の次女として生まれた上村松園(本名・上村津禰(つね))。 幼い頃から雅な京文化に育まれた松園は、明治から昭和にかけて、気品あふれる美人画の数々を世に送り出しました。
女性ならではの目線で描かれた艶やかな美人画は、松園が活躍した当時から現在に至るまで唯一無二。 「松園の前に松園なく、松園の後に松園なし」といわれるほど賞賛されました。
画業では早くから成功を収めた松園でしたが、私生活は波乱に満ちたものでした。
生まれる二ヶ月前に父が死去。松園の母・仲子は女手一つで松園と姉の二人娘を育て上げたといいます。
松園は少女の頃から早くも画才を認められたものの、当時、『家を守るもの』とされていた女性が学を積み画家を志すなど、世間からの風当たりは相当に厳しいものでした。 それでも母は、親戚や周囲からの非難の声にも負けず、どんな時にも松園の夢を応援し支え続けたのでした。
地道に画業を重ね、女性ながらも次々と高い評価を得る松園は、画壇の男性画家からの嫉妬や中傷を受けることもありました。故あって未婚の母となり、厳しい目を向けられることもありました。そのような中でもただひたむきに絵筆を執り研鑽を重ね続けた松園。
孤高の女流画家が生み出した、美しく気高い女性像からは、なよやかでありながらもしなやかに生きる芯の強さを感じます。松園自身、そして松園が愛した母・仲子の生き様そのものが、絵の奥底に息づいているのかもしれません。
1948年には、女性として初めて『文化勲章』を受章。
時を経た今も尚、日本画壇の歴史の中で輝きつづけている女流日本画家・上村松園画伯の名作を、 精緻な複製画で是非お手元にてお楽しみください。